2024年度の診療報酬改定は、医療従事者の賃上げが柱の一つとなりました。では、具体的にはどのような流れで賃上げが実施されるのでしょうか。今回の診療報酬改定の概要と賃上げの開始時期を解説します。
2024年度診療報酬改定の概要:トリプル改定に注目
2024年度の診療報酬改定は、診療報酬と介護報酬、障害福祉サービス等報酬が同時に改訂される「トリプル改定」として注目を集めました。この改定の具体的方向となったのは「現下の雇用情勢も踏まえた人材確保・働き方改革等の推進」「ポスト2025を見据えた地域包括ケアシステムの深化・推進や医療DXを含めた医療機能の分化・強化、連携の推進」「安心・安全で質の高い医療の推進」「効率化・適正化を通じた医療保険制度の安定性・持続可能性の向上」の4つです。
医療従事者の賃上げは、「現下の雇用情勢も踏まえた人材確保・働き方改革等の推進」の具体的な施策の一つとして位置付けられています。目標値として掲げられているのは2024年度にプラス2.5%、2025年度にプラス2.0%のベースアップであり、医療機関や事業所の過去の実績をベースに、今般の診療報酬改定による上乗せ(ベースアップ評価料)の活用、賃上げ促進税制の活用を組み合わせることで賃上げ対応が行われました。
賃上げまでの流れと開始時期
2024年度診療報酬改定は、2024年6月に施行されました。そのため、指定された期日までに届出等を行っている医療機関や施設は、6月1日より賃上げを開始することで、算定要件を満たすことが可能となりました。また、2024年4月及び5月から賃上げを実施する場合にも、ベースアップ評価料を充当してよいこととされています。それ以降に提出を行った場合には、算定開始は7月以降となりました。
対象者と条件:医療従事者の賃上げを受けられる職種とは
今回の診療報酬改定における賃上げの対象となる職種について解説します。
【+0.61%】看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種
今回、+0.61%の改定となる対象職種が、病院、診療所、歯科診療所、訪問看護ステーションに勤務する看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種です。具体的には、薬剤師、保健師、助産師、看護師、准看護師、看護補助者、理学療法士、作業療法士、視能訓練士、言語聴覚士、義肢装具士、歯科衛生士、歯科技工士、歯科業務補助者、診療放射線技師、診療エックス線技師、臨床検査技師、衛生検査技師、臨床工学技士、管理栄養士、栄養士、精神保健福祉士、社会福祉士、介護福祉士、保育士、救急救命士、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゆう師、柔道整復師、公認心理師、診療情報管理士、医師事務作業補助者、その他医療に従事する職員(医師及び歯科医師を除く)が対象職種です。
【+0.28%】40歳未満の勤務医師・勤務歯科医師・薬局薬剤師、事務職員、歯科技工士など
+0.28%の改定となるのは、40歳未満の勤務医師・勤務歯科医師・薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所等で従事する者です。具体的には、40歳未満の勤務医師・勤務歯科医師・薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所等で従事する者等です。
その他職種について
今回の賃上げの対象には、例えば40歳以上の勤務医師や勤務歯科医師は含まれていません。ただし、厚生労働省より発出されている「令和6年度診療報酬改定と賃上げについて~ 今考えていただきたいこと(病院・医科診療所の場合) ~」には、「ベースアップ評価料による賃上げの対象とならない職種についても、引き上げられた初再診料等や入院基本料等を活用して、同様の考え方で政府目標の達成を目指して頂きますようお願いいたします」とあり、対象職種・対象外職種に関わらず、賃上げを促す内容となっています。
診療報酬改定により創設される診療報酬
医療従事者等の賃上げは、創設される診療報酬をもとに行われます。今回創設された外来・在宅ベースアップ評価料、入院ベースアップ評価料について解説します。
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)では、初診時 6点、再診時 2点、訪問診療時 28点(同一建物居住者は7点)が算定されます。「病院、診療所、歯科診療所、訪問看護ステーションに勤務する看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種」の賃上げを実施している場合に算定可能であり、初再診料等と合わせて算定することができます。
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅱ)
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅱ)は、無床診療所における看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種の賃上げが、評価料(Ⅰ)だけでは増率1.2%に満たない場合に算定が可能となる点数です。初再診料等と合わせて算定可能が可能で、初診又は訪問診療時1~8点、再診時 8~64点の算定が可能となります。
入院ベースアップ評価料
入院ベースアップ評価料は、有床の病院・診療所において、看護職員、病院薬剤師その他の医療関係職種の賃上げを実施している場合に算定されます。入院基本料等と合わせて1~165点の算定が可能です。
ベースアップ評価料算定までの流れ
ベースアップ評価料は、対象職種の賃上げの実施と、ベースアップ評価料の届出書類の届け出を行うことで算定が可能になります。算定までの流れを解説します。
届出書類の作成
医療機関等は、賃金引き上げの計画の作成とそれに基づく労使交渉等、計画に基づく給与規程の改正などを行ったうえで、施設基準の届出書類の作成を行う必要があります。届け出書類の様式は、厚生労働省の「ベースアップ評価料等について」のページからエクセルファイルでのダウンロードが可能です。届出書には、基本事項とともに初再診料等の算定回数や、1カ月当たりの賃金改善見込み等を記載します。
地方厚生(支)局へ書類の提出
作成が完了した届出書類のエクセルは、電子メールで地方厚生(支)局へ提出します。医療機関が所在する地方厚生(支)局のメールアドレスは、厚生労働省のページで確認することができます。また、メールアドレスでの送信ができないなど事情がある場合には、書面での提出も可能となっています。
評価料による賃上げは賃上げ促進税制の税額控除対象
賃上げ促進税制は、事業者が一定率以上の賃上げをした場合に、賃上げ額の一部を法人税等から税額控除できる制度です。今回のベースアップ評価料による賃上げは、賃上げ促進税制の税額控除対象になっています。
大・中堅企業は最大35%を税額控除
税額控除の額は事業規模によってきめられており、大・中堅企業は全雇用者の給与等支給額の増加額の最大35%を税額控除することができます。適用期間は、2024年4月1日から2027年3月31日までの間に開始する各事業年度です。(個人事業主は、令和年7から令和9年までの各年が対象)
中小企業は最大45%を税額控除
中小企業は、全雇用者の給与等支給額の増加額の最大45%を税額控除することができます。ここでいう中小企業とは、青色申告書を提出する者のうち、「資本金の額又は出資金の額が1億円以下の法人または資本又は出資を有しない法人のうち常時使用する従業員数が1,000人以下の法人」「協同組合等(中小企業等協同組合、出資組合である商工組合等)」のいずれかを指します。
まとめと今後の課題
ここまで、2024年度に施行された診療報酬改定における医療従事者等の賃上げについて解説してきました。前述したように、厚生労働省は2024年度にプラス2.5%、2025年度にプラス2.0%のベースアップを目標としていますが、この目標値を目指すうえでは課題もあります。医療従事者等の賃上げに関する今後の課題を、その背景とともに解説します。
賃上げの背景と目的
今回、診療報酬改定の柱の一つとなった医療従事者等の賃上げには、物価高騰や30年ぶりの賃金高水準状況、医療従事者の人材不足といった背景があります。少子高齢化等により医療需要が増加している状況を鑑み、医療従事者等の人材確保と医療サービスの質の維持・向上に向けて、特例的な対応としてベースアップ評価料の改定が行われることとなりました。
医療従事者等の賃上げにおける課題
医療従事者等の人材確保と医療サービスの質の維持・向上に向けた取り組みであるベースアップ評価料の算定ですが、そこには課題もあります。まず、この取り組みが特例的な対応であり、実施期間が不透明であるということです。一度給料を上げた場合、ベースアップ評価料が算定されなくなったからといって給料を下げるのは難しくなるため、賃上げに踏み切れなかったり、「手当」という形で対応していたりする医療機関は少なくありません。また、「40歳」という年齢で「勤務医師・勤務歯科医師・薬局の勤務薬剤師、事務職員、歯科技工所等で従事する者」の対象を絞ることにも、能力や忙しさ、医師歴や勤務歴は年齢では測れないことなどから「妥当ではない」という声が挙がっています。
医療従事者等の賃上げとそれによる人材確保・サービスの質の維持を叶えるためには、このような課題を踏まえたうえでさらなる施策が必要となるといえるでしょう。また、今回の診療報酬改定による恩恵が少なく、給与・年収のアップや現在の収入に不満を持っている方は、資格手当の取得や転職による年収アップも検討してみてはいかがでしょうか。
